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福島地方裁判所 昭和40年(行ウ)1号 判決 1966年4月12日

原告

白川角美

被告

福島県教育委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者の求める裁判

(原告)

被告が昭和四〇年四月一〇日付をもって原告を福島県河沼郡坂下町公立学校教員の職を免じ、同月一一日付をもって原告を同県田村郡小野町公立学校教員に任命し、同町立夏井第一小学校教諭に補するとの転任処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨の判決。

二、事実関係

(請求原因)

(一)  原告は被告から福島県河沼郡会津坂下町公立学校教員として任命され、同町立八幡小学校教諭に補されていた者であるところ、被告は地方教育行政の組織および運営に関する法律四〇条に基づき、昭和四〇年四月一〇日付をもって、原告を右会津坂下町公立学校教員の職から免じ、同月一一日付をもって同県田村郡小野町公立学校教員に任命し、同町立夏井第一小学校教諭に補するとの転任処分をした。

(二)  しかし被告がした本転任処分には、つぎのごとき違法がある。すなわち、

(1) 目的の違法

被告の有する人事に関する権限は教育の目的を遂行するのに必要な条件の確立に奉仕するために行使さるべきところ、被告が原告に対してなした本件転任処分は、右条件の確立に奉仕するためになされたものではなく、被告が昭和四〇年二月頃から同年三月下旬にかけて十数回にわたり行なった執ような退職勧奨に原告が応じなかったことに対する報復としてなされたばかりでなく、原告をして通勤不可能な学校に転任させ、事実上家族らとの別居ならびに経済的負担を強い、勤務を続けることを困難にする生活条件を作為し、(原告は従来福島県河沼郡河東村大字岡田字北台西乙二二八番に居住し、転任先夏井第一小学校に通勤するには片道約五時間を要する地理的関係にあって事実上通勤が不可能となり、そのため原告は妻子との別居生活ならびに二重生活による支出を余儀なくされ、週一回帰省することとすると、労働強化を招来する。)よって原告をして退職のやむなきに至らしめる目的をもってなされた措置であり、裁量権の濫用に当るものである。

右事実は、被告が前記退職勧奨に当り、原告が退職に応じない場合には、退職金に関する優遇措置を講じない旨および管外に転出させる旨を宣言し、原告が明らかに退職を拒否してきたのに被告は転任先として前記夏井第一小学校を内示した後においても退職勧奨を継続し、しかも当時同校の教員定数はすでに充足され、すべての校務分掌は在席する教員によって定数どおり分担されており原告が転任すると同校の定数上過員となるばかりでなく、他の学校に比較して特に教員の定数を改めて一名増加させる必要性がなく、また、原告は六年間の八幡小学校勤務中五年間をへき地の坂本分校に勤務していたので被告の昭和三九年度末小中学校教職員人事に関する方針によると、人事交流の対象となる同一校六年以上勤務の者には該当しないことに徴するも明らかである。

(2) 手続の違法

被告の有する人事に対する権限は、教育基本法に明らかなように、教育の目的を遂行するに必要な条件の確立に奉仕するものとして行使されなければならず、また、右目的達成のために必要なものとして定められた法の規定にも則ったものでなければならないことはいうまでもない。

ところで本件転任処分については被告による転任の内部的意思決定としての内示がなされる前に必要とされる現任校所管の会津坂下町教育委員会および転任校所管の小野町教育委員会の内申がなされていないから、本件転任処分には手続上の瑕疵があり取消を免れないというべく、そしてこの瑕疵は内示後転任の発令前に両教育委員会が被告の内示どおりの内申をしても治ゆされないというべきである。

(三)  そこで、原告は本件転任処分の取消しを求めるため昭和四〇年四月二〇日福島県人事委員会に不利益処分審査請求の申立をしたが、処分の内容・原告の生活状況等諸般の状況からすると、県人事委員会の裁決を待っていては処分により発生する著しい損害を避けることができず、かつ、処分の取消を求めるにつき緊急の必要があるから、本件転任処分の取消を求めるために本訴に及んだ。

(請求原因に対する認否)

(一)  請求原因(一)の事実、(二)の事実中被告が原告に対して退職勧奨をしたこと、(三)の事実中原告が福島県人事委員会に不利益審査の申立をしたことは認めるが、その余の事実を否認する。

(二)  本件転任処分は、県費負担教職員の任免その他の人事に関する事項を管理就行すべき職務権限を有する。被告が、客観的な実施要項の基準に従い裁量の範囲内において適法にしたものであって、原告が主張するように報復的なものではない。すなわち、

(1) 被告は福島県下における昭和三九年度末小・中学校教職員人事につき、人事の刷新交流を図る見地から別紙(一)記載のとおりの基本方針を樹立するとともに別紙(二)記載のとおりの明確な実施要項を定め、採用・転補・退職を含めて総計三、六八四名におよぶ人事異動を実施することにしたが、この人事異動計画においては実施要項の定めるところにしたがい合計二三七名の教職員に退職勧奨をすることにした。

(2) 原告は昭和四〇年三月三一日現在五八年五月で、右実施要項の五五年以上に該当するので、同年二月二七日頃から被告はその事務局両沼出張所長松井孟始らをして原告に対し退職を勧奨させたが、同年三月二四日現在前記二三七名のうち原告を含む三六名が退職勧奨に応じなかったので、被告教育長は、同日右事態に対処するため、被告事務局各出張所長に対し退職勧奨に応じない者については以後、勧奨に応じて退職した者に対する優遇措置である退職金の割増しと特別昇給をしない旨知らせること、当初の人事計画が退職勧奨を受けた者はそれに応じて退職することを前提として立てられている関係上、退職勧奨に応じなかった者については、新たに人事計画を立てる必要があるので、それらの者については新たな配置計画を立てること、この場合事情によっては管外(被告事務局出張所を単位として出張所の管轄区域外をいう。)に転任させることもあり得ることを指示し、この指示を受けた被告事務局両沼出張所長はこの指示を原告ら退職勧奨に応じない者に知らしめて退職勧奨を続行した。

(3) ところが、同月二八日に至ってもなお原告を含む二三名が退職勧奨に応じないので、被告は前記基本方針と実施要項、現任校所管の町教育委員会および学校長の意見要望、退職勧奨に応じない者を現任校に留めておくことの教育行政上の影響、健康上経済上の状態等を考慮して全県的見地から新たな人事計画を立てそのうち九名を管外に転任させることとし、原告については同月三一日付で管外である夏井第一小学校に転任させることに内定した。

(4) しかして、被告が原告を夏井第一小学校に転任させることにしたのは、原告が同年三月三一日で、前記八幡小学校における在職年数が六年となり、実施要項所定の人事交流の対象者に該当し、八幡小学校長は昭和三九年度末の人事組織意見として、同校教職員の平均年令は約四二年で他校に比較して高令であるのでこれを引下げるよう措置して欲しいと要望し、会津坂下町教育委員会の教育長も同趣旨の要望をしていたこと、同月一七日両沼管内の第四回人事組織打合せ会が開摧された際管内の校長から原告は昭和三七年以来退職勧奨に応じないので、このまま現在校に留めておくことは地域社会に対する影響が好ましくなく、管外に転任させるのが適当であると批判され、会津坂下町教育委員会および同町教育長も同様の理由から原告の管外転出を強く望んでいたこと、夏井第一小学校長は、昭和三九年度人事組織に関する意見として、同校勤務の四〇年以上の教員は教頭一名だけであるので経験豊富な男子教員を入れて組織の充実を図りたいし、また、同校には分校があり分校との連絡事務が多いので学校運営上一名の増員を要望し、小野町教育委員会も同趣旨の要望をしていたので、被告は同校の教員定数を一名増員したうえで原告を同校に転任させることを相当と認め、本件転任処分をしたのである。

(5) 本件転任処分により、原告が管外に転任したことにより、物質的、精神的損害を受けるとしても、県費負担教職員として教職に従事する者は現任校以外の管外校に転任を命ぜられることは当然予測しなければならないところで(地方教育行政の組織および運営に関する法律四〇条参照)あり、右損害は教育公務員として受忍しなければならないものである。

三、証拠関係

(原告)

甲第一ないし第三六号証を提出し、証人松本登・海老名俊雄・白岩正吉・三富要・加藤善次郎・古川義夫・佐久間茂・高橋章・高梨克美・青柳九一郎・桑原哲雄・斎藤史朗・山田武男・五十嵐文吉・斎藤峯夫・菊田智・鈴木新一郎・吉成勇四郎・樋口邦彦の各証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙第五号証、第六号証の一ないし一一の成立は認める。乙第二九号証中五ノ井義伊作成部分の成立は認めるが、その余の部分およびその余の乙号各証の成立は知らない。

(被告)

乙第一・二号証・第四・五号証、第六号証の一ないし一一、第八ないし第二〇号証、第二二ないし第三一号証、第三三・三四号証を提出し、証人豊田要三・玉川春雄・佐々木真・渡辺政三・松井孟始・梅宮信二・藤山秀雄・渡部賢一郎の各証言を援用し、甲第一七ないし第一九号証、第三二ないし第三六号証の成立は認めるがその余の甲号各証の成立は知らない。

理由

一、請求原因(一)の事実については当事者間に争いがない。

二、そこで、本件転任処分が被告の有する人事についての裁量権を濫用したものであるかどうかについて判断する。

証人松本登の証言により成立を認める申第一・二号証、証人海老名俊雄の証言により成立を認める申第二一号証、証人三富要の証言により成立を認める申第二三号証、証人松本登・海老名俊雄・三富要・松井孟始・白岩正吉・古川義夫・高梨克美・青柳九一郎・桑原哲雄・斎藤史朗・五十嵐文吾・斎藤峯夫・菊田智・鈴木新一郎・樋口邦彦の各証言、原告本人尋問の結果を総合すると、

(1)  原告は、大正一五年三月新潟県立実業補習学校教員養成所を卒業してから同県教員となり、昭和七年四月福島県教員に転じ、以来被告両沼出張所管内の小・中学校教員(一級普通免許)の職にあったものであるが、被告は福島県下における昭和三九年度末小・中学校職員人事異動に際し、小中学校教員の退職勧奨を強力に押し進め、退職勧奨者の一員とされた原告に対しては、昭和四〇年二月二七日頃から同年三月三一日までの間、両沼出張所長松井孟始らをして十数回にわたり退職勧奨に当らせ本件転任処分後においても退職を勧奨したこと。

(2)  右退職勧奨中、松井孟始は同年三月二五日原告に対し、本件におけるいわゆる教育長示達として、退職勧奨拒否者に対しては優遇措置を講ぜず、管外(被告両沼出張所管外)に転出させる旨を告げて退職を勧奨し、次いで同月三一日退職を勧奨し、原告がこれに応じなかった際には転任校としていったん田村郡常葉町立関本小学校を内示したこと。

(3)  右転任校を内示した当時においては、内申がなく、転任校においても何人が転任してくるか判明していなかったこと。

(4)  原告が従来居住していた河沼郡河東村と転任校所在地である田村郡小野町との間は遠く離れており、列車を利用して約四時間を要し、通勤することが困難であり、下宿生活を余儀なくされる結果、精神的苦痛を受けるとともに下宿代、帰省のための交通費等一箇月約一二、〇〇〇円を要し、原告の俸給額約六七、〇〇〇円をもっては負担が大きいこと。

が認められる。

しかし他方証人豊田要三の証言、これにより成立を認める乙第一号証、証人渡辺政三の証言、これにより成立を認める乙第二号証、証人松井孟始の証言、これにより成立を認める乙第四・八号証、証梅宮信二の信言、これにより成立を認める乙第九号証、証人藤山秀雄の証言、これにより成立を認める乙第一〇号証、証人渡部賢一郎の証言、これにより成立を認める乙第一一号証、証人玉川春雄・手代木一・佐々木真の各証言を総合すると、次の事実を認定することができる。

(1)  被告は福島県下における昭和三九年度末小・中学校教職員人事につき人事の刷新交流を図る見地から、別紙(二)記載のとおりの明確な実施要項を定め、採用・転補・退職を含めて総計三、六八四名におよぶ人事異動を実施することにしたが、この人事異動計画においては実施要項の定めるところにしたがい合計二三七名の教職員に退職勧奨をすることとしたこと。

(2)  原告は昭和四〇年三月三一日現在五八年五月に達し、かつ、田畑・宅地・建物を有し生活も比較的安定していたため、右実施要項により退職勧奨の対象者の一員とされ、退職を勧奨されたが、同年三月二四日に至るも例年より多数の原告を含む三六名が退職勧奨に応じなかったので、被告教育長は右事態に対処するため同日事務局各出張所長に対し、退職勧奨に応じない者については以後勧奨に応じて退職した者に対する優遇措置としての退職金の割増しと特別昇給をさせる取扱いをしない旨および人事異動計画は勧奨を受けた者がこれに応じて退職するものとしてたてられている関係から、勧奨に応じない者については、新たに人事異動計画をたてる必要があり、この場合事情によっては管外に転出させることもあり得る旨を指示してさらに退職勧奨を続けたが、同月二八日に至るも原告を含む二三名はこれに応じなかった。

そこで被告は右に対処し新たに人事異動計画をたてなければならないこととなかったが、原告の所属する八幡小学校長および会津坂下町教育長が昭和三九年度末の人事組織につき同校教職員の平均年令の低下を要望しており、昭和四〇年三月一七日両沼管内の第四回人事組織打合せ会の席上同管内の校長から原告は昭和三七年以来引続き退職勧奨を受けこれに応じないのであるが、このまま現任校に留めておくと、退職勧奨に応じすでに退職した多くの者に対する関係上好ましくなく、管外に転出させるのが適当であるとの意見が述べられ、会津坂下町教育委員会および教育長も同様の理由から原告を管外に転出させることを強く望んでいたことなどの事情を考慮し、原告を管外に転出させることとし、いったん田村管内への転出を予定したが、夏井第一小学校は教職員一七名中女子一〇名を占め、かつ四〇歳以上の者は教頭だけで、分校を有する関係から連絡その他の事務が多く、学校運営上男子教員一名を増員配置する必要を認めて本件転任処分をしたこと。

(3)  退職勧奨に応じなかった前記二三名のうち、管外へ転出の内示を受けた者は原告を含む九名で、一四名は現 校に留任させられたこと。

(4)  勤続年数の計算において独立校と同様に取扱われるとはいえ、原告は八幡小学校本分校を通じ六年間勤務していたこと。

以上認定事実によると、本件転任処分は、原告が退職勧奨に応じなかったことを契機とし、かつこれを一因としてなされたものというべきではあるが、前示のとおり本件転任処分には相当とする事情も見受けられるところであり、被告が県費負担教職員の任免その他の人事に関する事項を管理・執行すべき職務権限(地方教育行政の組織および運営に関する法律二三条・三七条・四〇条)を有し、退職勧奨対象者を除き年度末人事異動計画をたてるのであるから、右対象者が勧奨に応じないときには、必然的に第二次異動計画によるほかはなく、各学校における男女の性別・年令・教科の構成、勤続年数、本人の健康状熊、家庭の事情を考慮してなすべきであるとはいえ、これら諸条件を満たすことの極めて困難であることは見易き道理であるから、本件転任処分により原告が家族と離れ下宿生活を余儀なくされ、精神的・物質的負担を受けることは前認定のとおりであるが、本来教職員としての公の教職に従事する者は転任のあることを当然に予測しなければならないところであり、右負担もやむを得ないものとして忍受しなければならないのである。されば本件転任処分を不当として責めるは格別、末だもって裁量権を濫用したものということができない。

三、つぎに、本件転任処分は原告の現任校所管の会津坂下町教育委員会および転任校所管の小野町教育委員会の内申(地方教育行政の組織および運営に関する法律三八条)を欠く違法のものであるから取消さるべきであるとの点について判断する。

被告が県費負担教職員の転任処分を行なうに当って必要とされる市町村教育委員会の内申は、転任などの人事異動に際し、現に慣行として行なわれている転任校の内示に先だって行なわれるべきであるが、かかる手続をしなかったことに相応の事情があるような場合には転任処分の発令前に内申があれば足りると解すべきである。本件についてこれをみると本件転任処分に先だち昭和四〇年三月三一日転任校を内示したことは前認定のとおりであり、証人藤山秀雄の証言に本件弁論の全趣旨を合わせ考えると、本件転任処分につき、原告の当時の現任校所管の会津坂下町教育委員会からは同年四月一〇日、転任校所管の小野町教育委員会からは同月六日それぞれ内申がなされたことが認められるのであるが、右証拠によれば、右各教育委員会においては被告が原告に対しなおも勧奨を続けていた関係から内申の手続をしなかったものであることが認められるから内申をしなかったことに相応の事情があったものというべく、発令前に内申のあった本件転任処分は適法といわざるを得ないのであって、原告の主張は採用できない。

四、してみると、原告の本訴請求は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

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